建築にさかのぼって-Back to an Architecture-

2、東アフリカ・エコビレッジプロジェクト(2008ー:ウガンダ共和国)

■背景と概要

 東アフリカの貧困緩和と自立支援が目的であり、それを達成できる技術としてエコビレッジを建設するのが、このプロジェクトである。この地域の中核とも言えるビクトリア湖は世界第3位の湖水面積を誇る湖であり、多くの固有種が生息する「ダーウィンの箱庭」としても有名である。しかし、近年のナイルパーチ放流による生態系の破壊、湖岸に住む約3000万人もの貧困層の存在など、非常に深刻な問題を抱えた湖でもある。同プロジェクトでは、東アフリカ地域のうち、特に、この湖岸域を対象にしてエコビレッジの建設を行い、それが同地域の貧困緩和と自立支援へ向けた活動拠点のモデルとなることが目指されている。

 エコビレッジは3つのクラスターからなり、各クラスターは中央の給水塔を取り巻くように配置される。これは貴重な水資源をそれぞれのクラスターが合理的に享受できるためであるのは勿論のこと、ビクトリア湖を中心に生活してきた当地の原風景を結晶化した構成でもある(図8)

(図8)東アフリカ・エコビレッジの全体構成

 各クラスターには、4つの住戸があり、それぞれの住戸はリビングルーム、2つの寝室、キッチン、トイレ、シャワールームで構成される(図9)これら建築はすべて「土嚢建築」である。なお、各クラスターには風力発電機*4が一基、各住戸には一基のバイオマス*5が設置される。

(図9)住戸モデルの平面構成(上)と、模型(下)

 このプロジェクトは2008年に横浜で開催されたTICAD4でEAC(東アフリカ共同体)の承認のもとに提示されたものであり(図10)、同年8月からモデルハウス1戸の建設がビクトリア湖岸の漁村:カジ近隣にて開始された。

(図10)TICAD4にてEACの承認のもとに配布された小冊子

■ プロジェクトの経過

 このプロジェクトにおいても、インドの経験をいかして「泥曼荼羅」を計画した。モデルハウス建設に至ったのも、この「泥曼荼羅」が関係者の心を動かしたからであった。だから、この計画では始めに「泥曼荼羅」ありきでスタートしたのである。しかし、これを計画した時、そしてモデルハウス建設が決定されたのちも敷地の状況は全く知らされず、現地入りしてはじめて敷地の全貌を知った。丘陵中腹に近い道から一気に斜面をくだって、その後ゆるやかに傾斜しながらビクトリア湖畔へと至る異様に細長い敷地であった(図11)

(図12)丘陵中腹から敷地を見る。建設途中のモデルハウス、背後にはビクトリア湖が見える。

 土地を提供してくれたビリグワ在日大使は、その土地の真ん中ほどに立つ一本の樹木をビレッジの中心に据えて欲しいと願っていた。全体計画で中心に給水塔が位置するのを知っているにもかかわらず。そこでこの樹木を中心に据えるように考え直したが、ここを中心にするとビレッジ全体は敷地に収まらない。そこで中心を樹木から真北側に10メートル移動した。すると、この中心軸上、まっすぐ北には偶然にも巨大な樹木がたっていた。また見返すと南にも別な巨大樹木が直線上に位置していた(図13)

(図13)エコビレッジの中心軸。中心から真北をのぞむ。モデルハウス後方に大木が見える。

 あとからわかったことだが、この樹木ラインの下には水脈が走っている可能性が高いとのことであった。そんなことを知らずにビリグワ氏は中心をここに据えようとしていたのである。このように現地の地勢、現地の人間の思いが反映した結果、持参した計画は予想もしないような不思議な表情を帯びていった。

 さて、モデルハウスの建設であるが、これは貧困漁村キクングの孤児(高校生)たちが主力となった。彼らは建設経験などほぼ皆無なのだが、1週間もたたないうちに土嚢建設技術を完全にマスターし、きわめて正確で美しい土嚢ドームを建設できるようになった。彼らの円弧壁の建設の見事さは圧巻であり、インドの建設をはるかに凌ぐものであった(図14)

(図14)高校生たちによる見事な土嚢円弧壁の施工。

 土嚢に詰める土は敷地に点在する蟻塚を壊して得た。蟻塚を壊して掘り進めそこが窪地になるまで掘り進めると、別の蟻塚へと移動する。その繰り返しであった。その結果、敷地には小さな窪地が点在することになった。この窪地の風景も全体計画にユニークな表情を与えることになった(図15)

(図15)敷地に点在する蟻塚。

 今回のモデルハウスはインドのものとは違いかなり複雑な構成とした。要求された機能がインドのものよりも複雑であったこともその要因のひとつではあるが、実は別の意図もあった。「泥曼荼羅」は村落計画であるから、その実現にはかなりの時間を要する。今回のものはインドに比較すればその規模は面積にして1/10程度であるが、それでも完成までは早くて10年はかかるであろう。「泥曼荼羅」はイメージ喚起装置であり、イメージ喚起によって人々の心を癒すものではある。しかし、それが実現できたらならば、単なるイメージを超えた大きな効用があるに違いない。しかし、インドの例にもあるように完成までこぎつくのは相当困難である。そうなると常にマンダラはイメージの段階にとどまってしまう。そこで、たとえ部分空間であろうとその構成がマンダラ型であるならば、その建設を経ることでイメージを超えた癒しが可能になるのではないかと考えたのである。この着想からモデルハウスにもマンダラ構成を採用したこの結果、入れ子状のマンダラ構成が形成されることになった(図16)

(図16)全体(左)と部分(右)の双方にあらわれるマンダラ構成。

 部分空間のマンダラ構成にどのような効力があるか疑問もあるであろうが、インドで完成した極小マンダラ読書室には校舎を失った多くの子供たちが集い、その中では彼らの笑顔が絶えなかった。まさに癒しの空間が具現していた。その経験があったからこそ、躊躇なく部分空間にマンダラ型を封入できたのである。このモデルハウスは立体的規模が大きいこともあり工事はかなり難航したが、筆者が帰国後も孤児たちは粘り強く建設を続け、2009年夏現在でほぼ完成間近まで至っている(図17)

(図17)完成間近のモデルハウス。写真の青年は建設を担った高校生リーダー。

■考察

 インドの項において土嚢ドーム建築は混乱した空間に明確な中心を与える行為であると記述した。それは今回においても強く意識していたことではあった。しかし、現地入りしてから中心に既存の樹木を据えるという、全く想定外の事態が発生した。これは設定した全体計画のある部分に植樹をするという考え方とは全く対極のことである。植樹された樹木は全体計画に従属する単なる1要素に過ぎず、その全体も一元的な計画となる。しかし、既存の樹木にあわせて全体計画をはめ込むという今回の事態では、計画に多義性が発生する。というのも既存樹木には樹木がそこにあるべき固有の秩序があるわけであり、一方、建築計画には建築固有の秩序があり、それを併存させることで異種の秩序が重層するからである。このように当初の計画にとって外部存在である既存樹木を中心に据えることで異種秩序が重層する多義的空間が現出するような中心設定法をここで得ることができたわけである。

 2009年にはこの方法を積極的に採用したモデルハウス建設をウガンダ東部の村落で開始することになったが、この方法は現地住民に驚きと喜びをもって受け入れられた(図18)(図19)

(図18)既存樹木を基準点に据えたモデルハウスの平面構成。

(図19)2009年夏に完成したモデルドーム。

 またマンダラ構成の入れ子空間提示は部分空間建設においてもマンダラ型に触れる効用があることが狙いであったが、それ以上の効用もある。建設中に部分にあらわれるマンダラを具体的に体感しながら、その背後により大きな全体マンダラをイメージするという、大小二重のマンダラが建設者に現象するはずだからである。難航した工事でありながら、それを活き活きと進めることができたことには、こんな要因があったのかもしれない。

*4鳥翼式風力発電機。佐藤隆夫(いって研究所)氏が開発。カラスの飛行システムから着想を得た発電機。暴風時でも低速回転し、ブレキーングがなく風力エネルギーを高効率で獲得できる。また低騒音でバードストライクもなくきわめて高性能の小型風力発電機である。

*5三成式土嚢バイオマス。三成拓也(おんじゅくオーガニック)氏が開発。発酵槽に土嚢シェルターを使用するところに大きな特色がある。