角館は秋田県横手盆地北部に位置する小京都として著名な町である。この町の一画に築100年になる当地に典型的な町家(父の生家)が建っていたのだが、前面道路拡幅に伴い、道路に面するすべての家屋が解体せざるをえない事態となった。 (図1)角館に典型的な町家の事例。切妻屋根妻入りで、下方に「コモセ」と呼ばれる下屋があるのが特徴。隣接する家屋の「コモセ」が連結することでアーケードとなる。 だが、角館全体でも典型的な町家はほとんど残存しない状況で、この町家をみすみす壊すわけにはいかない。そこで、道路拡幅によって後退する4.5m分を曵家することにした。また敷地後方に建つ築150年の平家は痛みも激しいため解体し、その跡地には新たな建物を増築する計画とした。 (図2)曳家のプロセス。軸組を補修し、ジャッキアップののち曳く。 (図3)計画の全体プロセス。1、痛みの激しい築150年の建物を解体。2、築100年の町家を曳家。3、敷地後方の残余地に 築150年建物が持っていた水回りなどの機能を備えた2階建建築を増築。 旧状の敷地内には3つの建物があった。築150年の解体部分、築100年の曵家部分、そのまま存置させる築50年の書庫である。これらの動線は屈折を繰り返しながら連結し、全体で渦を描こうしていた。3つの建物は、3つの世代がそれぞれに建てたものであった。 (図4)「角館の町家」の旧状平面図と動線の概略(赤破線)。建設時期の異なる3つの建物が屈折しながら渦巻を描くような動線。 増築計画においても、屈折を繰り返しながら渦を描く動線を踏襲する。ただ全面道路拡幅と土地の部分的売却のために、敷地は狭小となり同一平面での屈折の連続は無理である。そこで以下のような空間操作を試みた。 1、1階では、解体部分の動線と機能を踏襲する。 2、全体平面の対角線に沿って、段階的に縮小する3つの矩形を2階以上のレベルで入れ子状にし、入れ子最内部の和室と、その外側に隣接する板間のレベルを変え、和室へは小刻みなアップダウンと屈折を繰り返すアプローチとする。 3、和室中心線と建物中心線をずらし、和室から天井を見上げたとき、その視線は屈折しながら、天空へ放射されるようにする。 こうすることで1階では解体されて消えてしまった生活空間の記憶を保持し、垂直方向では天空へ向かう「屈折渦巻空間」を展開することができたのである。 (図5)増築部分=「渦巻の家」の空間構成。三重入子空間と中心ずらしによって無天空に放射される渦巻空間を展開。 世代ごとに屈折しながらつなげて描いた渦巻きに、天空へ向かう新たな屈折を導入した。立体化した渦巻きに、未来の世代はどんな渦を描くのだろうか。家はいろんな時間を巻き込んで、ぐるぐると、めぐる。 |