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  • 場所:奈良県生駒郡平群町春日丘
  • 施主:渡辺菊眞
  • プロジェクト期間 2011年1月− 2015年8月
  • 設計 渡辺菊眞+D環境造形システム研究所
  • 構造 高橋俊也構造建築研究所+D環境造形システム研究所
  • 施工 伏見建築事務所
  • 敷地面積 357.41m2
  • 建築面積 98.87m2
  • 延床面積 143.97m2
  • 階数 地上2階
  • 構造 木造

 

 

宙地(そらち)の間—日時計のあるパッシブハウス
Home between Earth and Sky-Passive house with Sundial

 日時計が内蔵されたパッシブソーラーハウスである。パッシブシステムは、太陽や風などの自然作用を、機械によらず建物そのもので制御することにより、夏涼しく冬暖かい室内環境を生み出す仕組みである。地球環境の悪化が深刻な現在においてきわめて重要な技術といえる。
 しかし、パッシブシステムによる太陽の受容と制御は、ともすれば、太陽や風を都合のよい「空調機器」のように感じさせてしまう。この感覚は畏敬すべき存在としての自然を忘れてしまうことにもつながっていく。そこで、天空を巡る大きな存在としての太陽を感じるために、日時計を建築内部に設置する。日時計は太陽の軌跡を影で刻み時を知らせる。影の移動はそのまま太陽の運行を示す。否応なく天体としての太陽を実感する。太陽の巡りを感じながら、良好な室内環境に身を置く時、我々は自然の大きさと同時に、その恵みの深さを噛み締めることができるであろう。
 
建築プロセス
1、標準型の設計
 日時計(赤道式日時計)は半円筒を緯度の傾きに合わせて設置し、そこに落ちる影で時間を計測する装置である。今回の敷地は北緯34.60°であるため、その緯度に応じた日時計を設置する。具体的には南面する大屋根を緯度勾配とし、その下部に半円筒を形成し時計版とし、屋根のトップライトから注ぐ光線が円筒時計版に落ちることで時間を示す機構とする。パッシブハウスとしては最も基本的なダイレクトゲインを採用する。南面大開口からの光の受容と遮断を行う庇の出は設置緯度における太陽南中高度により設定。外壁および屋根の木部は充填断熱、RC高基礎部は内断熱を施す。部屋に露出するRC高基礎の腰壁は蓄熱体として活用する。切妻屋根頂部に暖気抜きの窓を設け良好な通風が得られるよう留意する。

2、大地への適応
 日時計を機能させるために、建築を正確に南面させて配置する。当敷地は大雑把に「南向き」の不定形敷地であり、そのため正確に南面させた建築回りには予想しないような三角形状の庭が数多く発生する。次に敷地地形にあわせて接地断面を変更する。東へ緩く傾斜する敷地であるため一部(キッチン、とアトリエ、リビングの一部)を半地下にしている。当地は東への眺望が素晴らしく、眼下に釣り堀、古墳そして矢田丘陵の山並みが開ける。そこで居間の東開口を大きくとり、周辺風景の取り込みを図った。同時に下部をくり抜いた宙に浮かぶ倉庫棟を東開口のさらに東に設け、下部空間は眺望を楽しむテラスに、くり抜いでできるコの字型を居間からの眺望の額縁とし、絵画的風景の魅力の強化をはかった。

3、方位に応じた空間計画
 建築中央上部に日時計が浮かび、その中心軸に緯度勾配の直階段が走る。これが建築の空間骨格をなす。その東西南北(前後左右)には、方位の特性に応じたさまざまな空隙が生まれる。その空隙の質に従い、居住者が各々の嗜好に応じて場所を占める。日時計前(南)の明るい広間は居間や台所。朝の日差しがさす日時計西横は元気な青年の個室。日時計裏の薄暗い瞑想的な場所は建築家のアトリエとして創作の場に。大樹の下に好きな場所をもとめて集うさまに、それは似ている。

21世紀型の空間概念—Universal Locality=Universal Sun×Local Earth
 「宙地の間」では、敷地の緯度が建築の標準断面を決定する。これは緯度を媒介に太陽と地球と敷地の位置関係から建築が形作られていくことを意味する。次にこの標準型を敷地状況へ適応させる。なお建築資材は現地材の吉野杉を全面的に使用し、その架構に優れた技術を持つ地域の工務店が施工を担う。個別で此処にしかない(場所的)存在である大地が空間に具体性を生む。
 ミースのUniversal Spaceは方眼が仮想の無限地平を形成し、それが垂直方向にも展開する観念上の普遍的空間概念であった。それは場所を必要とせず、方位すらない。それゆえ国際様式となりえた。しかし、地球は天体の中に位置をもち、地上は具体性に満ちている。Universal Spaceはその具体性を前にして、なす術無く失効する。結局、地球も建築も人間も具体性ある存在であり、そこを捨象しては存在できない。環境問題が悪化した今日、そしてグローバル化の名のもとに世界各地まで視野が広がることで、皮肉にもローカルな固有性を否応なく目の当たりする時、Universal Spaceは変更を余儀なくされる。地球の普遍は、太陽のもとにある普遍ということ。地球球体の1点の座標(緯度経度)は地球内位置を示すとともに、その地の太陽との関係も示す。一方、その地に目を向けると、そこにしかない地勢、素材、技術がある。その固有性が建築を豊かに肉付けする。Universal Sun×Local Earth=Universal Locality. 根源的な意味で至極「当たり前」なこの概念が、今こそ有効である。「宙地の間」はこの概念のプロトタイプでもある。

天と地の間
 太陽の大きな巡りを日時計が語り、それを包むようにパッシブハウスがある。それが建つ場所に呼応することで建築に大地性がうまれる。人は父なる空(太陽)の下に在り、母なる大地の上で安らぐ。天と地の間に人は生きる。「宙地の間」の由縁である。

 渡辺菊眞(高知工科大学准教授・D環境造形システム研究所代表)